2022年2月号 第432号
肩書
● 人間は退職して初めて肩書きのありがたさがわかるといいます。
同時に、人間は退職して初めて肩書きを越えた世界に生きることができるのかもしれません。
人間は肩書きといういわば裃(かみしも)を着た人生から、それを脱いだ人生へと切り替るターニングポイントがあります。
野球にせよ、相撲にせよ、プロのスポーツ選手というのは二十代、三十代でそうしたターニングポイントを迎えるわけですが、一般の会社勤めの人でも遅かれ早かれその時期がやってきます。
それがどのような肩書きであれ、肩書きにいわば依存し、寄りかかった生き方をしてきた人ほど、その肩書きを手放さざるを得なくなったときのショック、落差からくる虚脱感は大きいようです。
ですから、肩書きを着ているうちから、脱ぎ去った後の自分の生き方をイメージし、そのための心の準備をしておくことも大切な老後の備えの一つといえそうです。
そういう意味では、はじめから肩書きのない人は気が楽ですね。
専業主婦として生きてきた女性の中に年をとるほど活気が出てくる人が多いのも、人生における急激なターニングポイントを経験しないですむからかもしれません。
● 人間は年とともに何事をするのもおっくうがるようになるものです。
年と共に「おっくうがってはいけない」と自分自身に言い聞かせなくてはいけません。
人間、歩くこと、食べること、排泄すること、この三つはできれば死ぬまで自分でやれるようにしておきたいもの。
でないと晩年が惨めです。
とし寄りてつとめ働き
出来ねども
後世の菩提は今ぞ時なる
(御教歌)